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ベンチャー企業の赤字は悪か [経営]

唐突な質問だが、「ベンチャー企業の決算が赤字なのは悪いこと」だろうか。



日本では「赤字」というのはネガティブなものを連想させる。倒産とか、経営責任とか、株価下落とか、、、概して「悪いこと」というイメージがありそうだ。しかし、上場企業に対して黒字の決算を求めるのはわかるのだが、果たしてベンチャー企業を「黒字=善、赤字=悪」というような上場企業と同じような尺度で見ていいものだろうか。



アメリカのベンチャー企業の収支はごく普通に赤字である。もう少し正しく言うと、技術開発型のベンチャーはなかなか黒字にならない。損益分岐点を越えるには売上高が10億円以上必要、中には50億円以上、なんていう企業がざらだ。日本なら新興市場に公開できるぐらいになってようやく黒字化できるレベルなわけだ。



なぜそうなるかといえば、下記のような事情があるからだと思う。



  • アメリカでは概ね「ベンチャー企業=技術開発型ベンチャー」。Venture One等の統計情報を見る限り、8割ぐらいが技術開発型と思われるが、このタイプの企業は創業後の数年間は製品開発のための期間としていることが多い。ターゲットとしている市場が大きいほど(世界市場を目指すなど)、あるいは扱っている技術が高度なものであるほど、製品開発に多くの経営資源(資金、人、期間)を必要とするものだ。創業後数年間は経営資源を「投資」する期間だと一般的に考えられている。この期間中の黒字はありえない。
  • 黒字よりも成長を優先し、逆はありえない。成長のために必要とあれば短期的な黒字を求めることはない。投資家も最優先事項として成長を期待している。
  • 融資を受けていない。事業に必要な資金(特に開発資金)はVCをはじめとする投資家が供給している。そもそも商業銀行がベンチャー企業を相手にすることはない。
  • 開発費を資産計上しない。製品を開発するための費用(研究開発費)は基本的に各年度の費用として償却してしまう。開発費用を繰延資産や棚卸資産に組み込み、償却を翌年度以降に持ち越すことは稀にしか見られない。(開発費用を資産計上することで、損益計算書を「化粧」することができない)


このような事情でアメリカのベンチャー企業には「赤字=悪」という発想はまったくと言っていいほどない(もっとも、研究開発型でない事業の場合や、IPOを狙うレベルに達した企業はそれなりの利益率、つまり黒字を求められるが)。



財務諸表が黒字か赤字かという議論よりも、重視されているのは「キャッシュフロー」だ。つまり、製品の完成や運転資金にいくらの資金が必要か、手元に残っている資金はいくらか、そういったキャッシュをベースとした管理が広く普及しているように思う。黒字か赤字か、という議論よりも、バーンレート(キャッシュバーン)がどうか、という議論が多い。キャッシュの状況をみながら、事業として満足のいく成長を遂げているか、さらなる成長のためには何が必要か、そんな観点から経営が行われている。



ところが、日本ではちょっと事情が違っているようだ。日本のベンチャーのおかれた状況を上記のアメリカの事情と対比して見ると、下記のような感じになるのではないか。



  • 日本では技術開発型のベンチャーが少なく、サービス業などのベンチャーが多い。創業したら初年度から売上と利益の計上を目指す企業が多い。
  • 成長よりも黒字であることを優先する例がある。
  • 基本的に融資を受けている。運転資金だけでなく、開発資金を融資によってまかなっている例が少なからず存在する。
  • 開発費を資産計上することが普通に行われてきた(ただし、最近は会計監査の際に資産計上が認められにくくなっているようだ)。




日本のベンチャー企業にとって資金の出し手は銀行である場合が多いと思われるが、赤字決算になると銀行の担当者がやきもきする。そうした状態が長く続くようだと心証がどんどん悪くなり、最悪の場合「貸し剥がし」もありえる。ベンチャー経営者は会社の借入を社長個人が保証していることも多く、会社の経営が揺らぐようだと個人資産を失いかねない。だから銀行さんに対しては決算の状況を「良く」見せなければならない。



また、取引先と取引する際、会社の決算内容が赤字だと取引条件が悪くなる。企業同士の取引の世界では支払が取引完了後1~3ヵ月後というのが普通だが、決算内容が悪い企業は現金取引しかしてもらえないこともある。何か資材を仕入れるときに、現金で支払わないとならないわけだ。



そうした日本の事業環境を考えると、ベンチャー企業といえども黒字であることはとても大事なのだろう。



しかし、日本から世界レベルのベンチャーがなかなか出てこない背景には、言葉の問題とか市場規模の問題(日本にはそこそこの規模の市場があるので敢えて海外に打って出る必然性がない)のほかに、上記のような「黒字の呪縛」から逃れられないという現実があるのではないか。黒字であることがすべてに優先する、という考え方だ。もちろん、黒字であるのは大事なことなのだが、その結果としてベンチャー企業の成長性が犠牲になっているとしたらどうか。黒字と成長性のどちらを優先するか、ケース・バイ・ケースであってもいいのではないかと考える。



ベンチャー企業が日本の明日の活力を与えくれると考えるのであれば、そのために成長を追求する必要があるのなら、融資以外の資金調達手法が日本でもっと普及しなければならないと考えている。


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コメント 3

キャピタリスト

湯川さん、ありがとうございます。
日本で株式公開するための「バー」は低いほうがいいのか高いほうがいいのか、考えさせられる問題ですね。
今度是非議論させてください。
by キャピタリスト (2007-10-15 23:03) 

湯川抗

全く同感です。僕も先日書いたレポートで、2.0ベンチャーが1.5M程度の利益で上場することの問題点を指摘してみました(P15)。今度、改めて議論させてください。
by 湯川抗 (2007-10-16 00:31) 

ぱお

私もシリコンバレーで投資をしていますが、ライフサイエンス系のベンチャーは赤字が普通で、黒字の会社などそもそもまずありません。Exitで成功している会社でも赤字です。売上自体がないのにExitする会社も多いです。
by ぱお (2007-10-17 13:21) 

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